Future of the Global City

移民はグローバルシティを豊かにする——社会学者・森千香子に聞く

パリ郊外の移民が集住する地域を調査した著作『排除と抵抗の郊外——フランス<移民>集住地域の形成と変容』で、大佛次郎論談賞を受賞した、気鋭の社会学者 森千香子さん。世界中の都市で増え続ける移民をいかに受け入れ、ともに生きてゆくかが問われるなか、パリ、ニューヨークでフィールドワークを行ってきた森さんに現代の都市が抱える問題点と、2020年に向けグローバルシティ化の進む東京の課題を聞いた。

TEXT BY JUN ISHIDA
PHOTO BY YASUYUKI TAKAGI

准教授を務める一橋大学の研究室にて。

——そもそもなぜ、都市における移民の集住に関心を持ったのでしょうか?

「共生」ということに関心があるのです。民族や文化的背景が異なる人たちが一緒に住むということは、どういうことなのか。ニューヨーク、パリ、ロンドンといったグローバルシティといわれる都市は、表面的に見ると多民族化が進んでいる。しかし、同じ都市に様ざまな人種が居住しているから共生が達成されるというわけではありません。

私にとって共生というのは、単に同じ空間に共存していることではなく、同じ都市の住民として互いの違いを認め合いながら、同じ目的など何かシェアするものを持って生きていく、支え合って生きていくというのが共生だと考えています。では、果たして「グローバルシティ」といわれる地域では、共生が達成されているのか、そこに関心があります。

——移民の多く住む郊外に居住して、フィールドワークを行ったパリの実情はいかがでしたか?

パリの中心部や西の地区に白人富裕層は住んでいますが、彼らの交友関係には、移民はほとんどいません。フランス国内全体を見ると、1割ぐらいの住民がイスラム教徒です。私が調査したパリ郊外ですと、18歳以下の子供たちの75パーセントが、外国生まれの親を持っている。そこでは白人がマイノリティで、唯一日常的に接する白人というのは教師と警官といった世界です。パリ圏はグローバルシティに見えますが、共存であっても共生が達成されていません。

15年ほど前から、政府は「集住」(一部の地域に特定の人種が集まって住む)は良くないと考えるようになりましたが、著作(『排除と抵抗の郊外』)でも書いているように、その集住自体が過去に政策によって作られたものでもあるのです。

しかしそうした事実はとりあえずなかったことにして、今起きている様ざまな問題は集住に起因するといい、「ソーシャルミックス」という政策を進めてきました。その名の通り、固まって住むのは良くないので、移民の集住地域の建物を改築して低層の建物にし、そこに他地域に住んでいたミドルクラスの人たちを住まわせるという政策です。

——実際に、パリ郊外でのソーシャルミックスは進んだのでしょうか?

ビジネスが免税になるなど様ざまなインセンティブを与えたので、白人層が増えた地域もあります。しかしそうした地域で共存が共生になっているかを調べてみると、達成されてはいない。ゼロではないですが、思ったようにはいっていない。確かに同じ地域に住んではいるけども、そもそも接触がないんです。

例えば、そうした地域に移り住んでも子供は地元の学校ではなく、異なる地域の学校あるいは私立の学校に通わせるんですね。公立学校には厳格な学区制があったのですが、抜け道があって、第二外国語をそうした地域では教えていないドイツ語などの言語にすると別の区域の学校に通えます。ですので、住人に白人の割合が増えても、学校の中は相変わらず先生だけが白人というのが現状です。最近は少しずつ移民出自の先生も増えていますが。

ブルックリンに見られる新たな共生の形

——パリの後、ニューヨークのブルックリンにおける集住の実態も調査されています。人種の坩堝といわれるニューヨークの実態は?

2015年の秋から1年ほどブルックリンに滞在しました。アメリカ全体ではもうほとんど見られないのですが、ニューヨークのブルックリンには「パブリックハウシング」(低所得者向けの公共住宅)がまだ残っています。しかし財政難に陥っているので、民間投資を用いるようになっています。もちろんある程度利益がないと民間は投資しませんから、パブリックハウシングの改築だけでなく、その敷地内にタワーのコンドミニアムを建てる計画なども同時に進んでゆくわけです。

——ブルックリンでは、「ジェントリフィケーション」という現象も起きていますが?

ブルックリンはもともと農家がたくさんあった地域で古くて良い建物が残っています。19世紀末にニューヨークに併合されてから工業地帯としての性格を強めてきた地域ですが、それでも20世紀前半までは、ユダヤ系移民、アイルランド系移民、イタリア系移民など、いわゆる「WASP(White Anglo-Saxon Protestant)」ではない「ホワイトエスニック」と言われる白人系の移民がたくさん住んでいました。

しかし第二次大戦後、海沿いにあった工場などがニュージャージーの方に移転すると、それと並行する形で南部などの他の地域から人々が仕事を求めてやってくる。その後も、ヒスパニック系移民、1965年の移民法改正後にはカリブ海からも移民がやってきました。

しかし、9.11が起こり、ブルックリンの再開発が始まると、今度はマンハッタンに住んでいた白人の新たな流入が始まります。再開発による地価の高騰で、ブルックリンの移民街とされるエリアにも白人の若い年齢層のカップルが増えています。今のブルックリンはジェントリフィケーションの過渡期だと思いますが、昔から住んでいる人々と新しく入って来た人々がどうやって共生しているのかに関心がありますね。

——ブルックリンのどのエリアを調査されたのですか?

クラウンハイツという、カリブ海からの移民やユダヤ教徒が多いエリアです。地域の地元の学校に行くと、同じ建物の中に、移民の子供たちが通っていた学校と、新しく出来たマンハッタンから移り住んできた家庭の子供たちが通う学校というのがあったりします。ここでも学校ははっきり分かれているんですよね。

ただその一方で面白いと思ったのは、あまりにブルックリンの地価高騰がひどいので、もともと住んでいた住人たちと新たな住人たちが協力し活動しているという実態もあるんです。新たに移り住んで来た人たちさえもが開発に伴う退去の危機にさらされているような状況で、住人たちが団結した「反立ち退き運動」なども生まれています。もちろん、だからといって簡単に友達になれるとか、共生が達成されているわけではありませんが、ジェントリフィケーションをキーワードに奇しくもいくつかの運動が生まれて、人種といった垣根を越えて共闘している状況があります。

——ある種の連帯感が生まれているということでしょうか?

ただもちろん、その連帯感の中には様ざまな緊張があります。それも含めて一つ言えるのが、現代の都市ではいろいろな形で、多文化・多民族化が進んでいますが、だからと言って共生は達成されない。これまでは「セグリゲーション(人種的分離)」というと、地域によって人種が分かれている状況をイメージしがちでしたが、現代のセグリゲーションはもしかすると、同じ地域に住んでいながら隣人とほとんど口を聞かない、交流しない、コミュニケーションのセグリゲーションなのかもしれません。ネットの普及によりコミュニケーションのセグリゲーションが可能になり、そこから新たな摩擦が生まれています。

この夏は再びブルックリンに滞在し、トランプ政権誕生後の実情を調査するという。

グローバルシティ化が進む東京への提言

——コミュニケーションのセグリゲーションというのは、まさに東京でも起きていることですね。

東京のことも調べ始めたのですが、短期滞在者が13年前と比べて4.6倍近くになっているんです。観光客は移民とは別と考えられていますが、同じ都市に暮らしているとそうとも言い切れない。同じ公共施設や商店、同じ空間を利用するわけですから。しかも民泊がどんどん広がっていき、同じ建物に住むことも増えている。もはや観光客と移民を分ける線は曖昧になっていると思います。短期滞在者の増加も含め、東京でもグローバルシティ化は進んでいるわけです。

——民泊でのゴミ問題が最近ニュースなどで取り上げられています。

観光客を誘致するのはもちろん良いことですが、同時に最低限の共生をするべく互いに努力することも必要です。外国人にルールを徹底してもらうだけでなく、逆に受け入れる私たちの方も、偏見を持たない対策をしなければなりません。

——海外ではどのような施策が行われているのでしょう?

ヨーロッパでは、バルセロナ市が行った「反うわさ戦略」という活動が有名です。東京でも、2015年12月にバルセロナ市の担当者を国際交流基金が招きレクチャーが行われました。バルセロナは、1992年にオリンピックを開催し、その後も開発を進めてきました。それにともない、2000年には3%ぐらいだった総人口における外国人の比率が、この10年で18%ぐらいに増えたんです。その過程で、これから東京も経験するかもしれない、外国人に対する拒否反応といったものがいくつかの地域で出てきました。そうした事態に対する草の根の運動として生まれたのが「反うわさ戦略」です。

——具体的にはどのような活動なのでしょうか?

もともとは地域レベルでNGOがやっていたもので、「人種差別はいけない」と頭ごなしに言っていても事態は硬直するだけなので、「外国人に対するデマが飛び交っているみたいだけど」という言い方でそうした見方を改めることを促すパンフレットや漫画を作成する。

例えば、電車にスペイン人のおばあさんが乗ってきて、そうするとシーク教徒の人が「どうぞ、マダム」と席を譲る。するとおばあさんが、「あら、外人さん、随分スペイン語がお上手なのね」と言うと、他の人が「いえいえ、彼はここで生まれた人です」と教えてあげる。「スペイン人の中にもイスラム教徒がいるのですか?」とおばあさんが問いかけると、「あの人はイスラム教徒ではなくて、シーク教徒ですよ」といった会話を漫画形式で紹介するんです。

そこから例えばこうした人たちが移り住むことで、市の経済が活性化しますよとか、仲良くするほうが得ですよというストーリーを展開したり。漫画やパンフレットだけではなくて、「反うわさエージェント」を養成することも行っています。研修やワークショップを行ってエージェントになった人は、例えば「最近外国人が増えてやだよ」という人がいたら、どういう風に対応するかを教えるのです。

——2020年の東京オリンピックを控え、海外からの人々がますます増えてゆく東京でも効果的な対策に思えます。

「反うわさ戦略」は外国で形成されたものですが、上手くアレンジすれば東京でも十分機能すると思います。アメリカとフランスの事例を見て二つ言える事があると思うのですが、一つは、どの国にも完璧に上手くいっている事例はないということ。アメリカもフランスも様ざまな対策を行ってきましたが、これが正解というものはまだありません。もう一つ確かなことは、グローバル化により多民族・多文化化が進む流れはもはや変えることができないということです。

完璧なモデルがない中では、出来ることをやっていくのが大切です。日本に来る人々に一方的に「日本のルールを守りなさい」と言っていても現実的に追いつかないので、住民のリテラシーを上げていくのが大切です。いろいろな国の人たちがやってくることで、逆に彼らも何かを日本に落としてゆきます。新たなビジネスが生まれたり、国際結婚するカップルが生まれたりするかもしれない。様ざまなポジティブな可能性を秘めているのです。

profile

森千香子|Chikako Mori
東京生まれ。一橋大学大学院言語社会研究科修士課程修了後、国際交流基金海外専門調査員として渡仏。フランス社会科学高等研究員博士課程修了。南山大学准教授を経て、2012年より一橋大学大学院法学研究科にて准教授を務める。2016年に発表された初の著作『排除と抵抗の郊外——フランス<移民>集住地域の形成と変容』(東京大学出版会)で、第33回渋沢・クローデル賞、第16回大佛次郎論談賞受賞。