FOOD LOSS AND NEW LUXURY

「フードロスバンク」がラグジュアリーブランドと模索する、これからの食産業の可能性

「フードロス」は人類が直面している最も大きな社会課題のひとつだ。とりわけ日本は食料自給率が低い一方で膨大な量の食糧を廃棄するフードロス大国だと言われているが、2020年に設立された「フードロスバンク」はラグジュアリーブランドとフードロスをつなぐ活動を展開することで注目されている。フードロスバンクはいかにしてその活動を広げていくのか? 森ビル 新領域企画部の杉山央による連載最新回は、フードロスバンクの代表を務める山田早輝子と杉山絵美のもとを訪ねた。

interview by Ou Sugiyama
Text by Shunta Ishigami

ワールド・フードフォーラム(WFF)と日本ガストロノミー学会および株式会社FOOD LOSS BANK(フードロスバンク)により2021年に共同制作された動画『マスタークラス「より良い食の未来をめざして」』。6つのエピソードを通して、日本各地のサステナブルな取り組みを「日本モデル」として紹介している。

ラグジュアリーブランドとの共創

——昨今、環境問題に関する意識が高まっていますが、本日はフードロスについてお話を伺えたらと思います。絵美さんはぼくの実姉でもありますが、まずおふたりはなぜ「フードロスバンク」を立ち上げたのでしょうか?

山田早輝子|Sakiko Yamada 日本ガストロノミー学会代表としてスペイン国王より勲章を授与される。FOOD LOSS BANK代表取締役社長。Japan Times Sustainable Award受賞。世界のベストレストラン50公式大使。Splendent Media代表、ベニス国際映画祭で受賞。ロサンゼルス市庁SDG5上級戦略アドバイザー他県庁の委員等多数兼任。Veuve Cliquot”影響力のある女性“受賞。聖心女子大学卒業。住友商事退社後、海外で18年過ごす。

山田 わたしは2011年から国際ガストロノミー学会の日本代表を務めておりまして、10年以上にわたって食に携わってきました。日本は年間570万トンの食糧を廃棄するフードロス大国ですが、他方で昔から「もったいない」文化が根付いている国でもある。自分でもフードロスの解消に貢献できないか考えるなかで、富裕層にリーチする重要性に気付かされたのです。人類全体が排出する二酸化炭素のうち半分以上が世界上位10%の富裕層によって排出されていると知り、富裕層にリーチする方が社会全体に大きな影響を与えられるのではないか、と。

また、ロス食材の品質の安全性を伝える説得力もクオリティを大切にするラグジュアリーブランドとご一緒することで深まると思い、個人的に県庁のお仕事でご一緒したアルマーニさんのシェフや「世界のベストレストラン50」の大使をしている関係で繋がりのあったブルガリさんのシェフなどに声をかけてみました。そして料理研究家でもあった杉山に全体的なサステナビリティの重要性を伝え、フードロスバンクを一緒にしないかと声かけました。

——ある意味“効率よく”社会を変えるうえでも、ラグジュアリーブランドとのコラボレーションが重要だったわけですね。

山田 そのうえで、よりサステナブルに活動を続けていくためには社会課題の解決と経済活動を両立させる必要があると思い、株式会社としてフードロスバンクを立ち上げました。いろいろな活動を模索するなかで形が悪いとされている食材を「UGLY LOVE」食材としてブランディングしなおし、ラルフローレンさんやアルマーニさんといったブランドの方々とコラボレーション等の取り組みを進めてまいりました。

杉山絵美|Emi Sugiyama FOOD LOSS BANK取締役共同創始者。慶應義塾大学文学部卒業を経てイギリス留学し、フラワーアレンジメントやクッキングのディプロマを取得。帰国後はディオールのPRとして勤務。数々の斬新なPRを手掛け、自身のストーリーがドラマのモデル(フジテレビ「ブランド」)となり話題を呼ぶ。2005年独立し、ラグジュアリーブランドを扱うP RエージェンシーSTEP inc.を設立。現在は、料理家としても活躍し、ファッション誌やグルメサイト等で多数連載中。今秋、中央公論社よりレシピ本を出版予定。

杉山 わたしはもともとディオールのPRとして10年ほど勤務していて、現在もラグジュアリーブランドのPRもしておりますが、ファッションと食は近いものだと感じていました。わたし自身も料理が好きで、数年前から「マリ・クレール」でオリジナルレシピの連載をもたせていただいたり、Oisixのミールキットの開発を行うなど食に関するプロジェクトに携わるなかで、フードロスについて関心が高まっていたんです。

——絵美さんはファッション業界から食の世界へ突然の転身と見られるかもしれませんが、弟のぼくからすると、姉は小さな頃からホームパーティで料理をするなどずっと前から食に関心があったんですよね。

杉山 3歳の時の夢は「お料理の先生になること」だったし、プライベートでは友達向けに料理教室を開いていたこともあって、ずっと料理には関わっていましたね。

——そんな活動がフードロスバンクへとつながっていったのは必然だったのかもしれません。2020年に立ち上げてからさまざまなプロジェクトに取り組まれていますが、手応えはいかがですか?

山田 事業系ロスと家庭系ロス、両面で手応えを感じています。2年前に活動を始めたときは、とあるブランドの方から「廃棄する食材なんて使ったらブランドに傷がつく」と言われたこともありましたが、アルマーニさんやブルガリさん、パレスホテルさん等との取り組みをきっかけにロス食材へのイメージも変わってきて、品質も信頼いただけるようになりました。いまではたくさんの企業の方々が声をかけてくださるようになり、延暦寺さんやミツカンさんとコラボさせていただくなど、わたしたちのような小さく若い企業と歴史ある大手企業など強みの異なる会社がコラボレーションすることで多様性の利点を大きく引き出しインパクトを生み出せている気がします。

 

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1/5LOSS FOOD MENU for ARMANI / RISTORANTE
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2/5RALPH LAUREN
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3/5billboard Tokyo
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4/5株式会社ミツカンのZenbとコラボラインを販売中
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5/5パレスホテルとケーキサレをコラボレーション、パレスホテルショップで販売中

——たしかにラグジュアリーブランドが採用すると廃棄食材のイメージも変わりそうです。

山田 形が悪かったり大きさが規格に合っていなかったりすると不良品のようなイメージをもたれやすいですが、味にはなんの問題もないことがほとんどです。他方で家庭におけるロスについても、「報道ステーション」や「NHKワールド」などのメディアに取り上げていただく機会が増えたことで、多くの方々にメッセージが伝わっている実感を得られるようになりました。私自身のメディアへの露出は最低限にしたいと思っていたのですが、自分たちが発信することで誰かひとりでも変わるきっかけ、何か行動を起こすきっかけを作れたのであればとても嬉しく思います。

新しい食のシステムをつくるために

——コロナ禍でレストランからの発注も減っていると言われるなかで、廃棄食材の活用は生産者の方からの反応も大きかったんじゃないでしょうか?

山田 農家さんに「自分たちにとって農作物は自分の子どものようなものですし、形が悪いから捨てられてしまうのは子どもが社会不適合者と言われているみたいで悲しいのでこうして使ってもらえて、更に新しい販路が増えて本当に助かっているし、とても嬉しい」とおっしゃっていただいて胸が熱くなりました。

杉山 フードロスバンクを始めてから農家の方々と密にやりとりさせていただくようになって、多くのことを学びました。たとえば生産者の方々はコロナ禍で牛乳や乳製品が余って困っていると仰っているのにスーパーに行くとバターが売り切れていて、買いたい人と売りたい人がうまくつながっていないんですよね。国連が貧困国支援で提供している食糧の約1.5倍を日本は廃棄していると言われていて、食にまつわるシステムがどこかおかしくなっている。

ほかにも柑橘農家の方とお話したときは、よりよいものをつくるために無農薬で育てていてもオーガニック認証の取得に毎年お金がかかるので、家族経営の農家ではなかなか認証のための費用を捻出することができないとおっしゃっていました。無農薬ゆえの不揃いの果物は、ただ形が悪い規格外と見なされて取引が減ってしまった方もいらっしゃったり。生産者の方々と話すことでいろいろな問題が浮き彫りになってきていることもありました。弊社がスタートしたラグジュアリーブランドとのコラボレーションによって問題提起につながるのがありがたいと言っていただけることも多いですね。

——いろいろと変えなければいけないことも多そうです。フードロスをめぐっては、食材の廃棄だけではなくレストランなどでの食べ残しも大きな問題だと言われていますよね。

山田 海外では「ドギーバッグ」が普及しているので食べ残したものを手軽に持ち帰れるのですが、日本はPL法(製造物責任法)の関係でレストラン側のリスクが大きく、持ち帰りづらいのが事実です。

杉山 いまいろいろなレストランと議論させていただいていて、食べ残しを持ち帰りやすくできるような仕組みをつくっていけたらと思っています。

——日本には「もったいない」の精神があるのに、残念ですね。制度がうまく噛み合っていないのかもしれません。

山田 わたしたちに法制度を変えていくほどの力はまだないので、まずはレストランや個々の家庭へアプローチしていき始めています。

杉山 レストランで頼みすぎないとかビュッフェでは取りすぎないとか、心がけで変わる部分もかなり大きいですからね。

廃棄品だからこそ求められるクオリティ

——おふたりは海外の方々とコミュニケーションされる機会も多いと思うのですが、フードロスに関する取り組みは海外の方が進んでいるのでしょうか?

山田 海外では大きさや形の異なる食材がスーパーに並んでいるのが普通ですし、形の悪い食材を農家から直接家庭へデリバリーするサービスもあります。そもそも日本とは文化や意識が異なっていると思います。

杉山 たとえばフランスでは、2016年に「食品廃棄法」が成立し、400㎡以上の広さを持つ大型スーパーは賞味期限切れの食品や賞味期限が近づいている食品の廃棄が禁止されました。売れ残りを廃棄するのではなく食料を必要とする方へ寄付することが義務づけられています。

山田 ただ、日本には精進料理のようにいただく命に感謝して、食材を大切に扱う文化もありますし、日本が遅れているわけではありません。日本文化のいいところを発信しながら、よくない部分を改善していく必要があるのかなと思っております。

杉山 他方で、わたしたちのようにフードロスとラグジュアリーブランドを結びつけるような取り組みは海外でもまだ少ないと思います。実際にブルガリやアルマーニとコラボしたときも、これまで本国で似た事例がなかったということで本社の承認を取るのに時間がかかってしまいましたから。

山田 例えばアルマーニさんはわたしたちとの取り組みを世界へ展開したいと言ってくださっていますし、今後さらに取り組みが広がっていく可能性を感じます。日本の農作物のクオリティが高いからこそ、ラグジュアリーブランドとのコラボレーションが進んだのだと思いますし、日本のいい面をもっと伝えていきたいですね。

——形の悪い食材を使った料理ってB級品のように捉えられがちですが、通常よりも手間暇をかけて調理するという意味ではラグジュアリーな料理とも言えそうです。

山田 そうなんです。形や大きさの異なるものを使って同じ料理をつくるためには、高い技術が求められる場合も多いです。食材によっては手間もかかりますし、シェフから見ても自身のクリエイティビティを発揮する場所ができたことを喜んでいただけることもあります。

——シェフの方々とのコミュニケーションも刺激になりそうですね。

杉山 そうですね。シェフのみなさまとコミュニケーションをとりながら食材を集めることも多いですし、わたしたちも一緒にメニュー開発をさせていただくこともあります。最近は「次世代教育」としてロス食材を使って子ども向けの料理教室も行いましたし、コミュニケーションの幅も広がっている気がします。

山田 フードロスバンクとしては次世代との教育にも力を入れております。ポピンズさんやスウェーデン大使館やキッザニアさんなどさまざまな方とコラボレーションを重ねているのですが、子どもはわたしたち多くの大人のように知識ベースでやらなければならないという責任感でフードロスや社会課題について行動しているわけではなく、より真剣に問題を自分ごととして捉え行動しているように感じます。子どもたちから学べることも非常に多いですし、次世代を教育するのではなく次世代と学んでいくプログラムですよね。

サステナビリティの実現に向かって

——実際にプロジェクトを進めていくうえでは大変なこともたくさんあると思うのですが、いま苦労されていることはありますか?

杉山 農業はデジタル化があまり進んでいないため、農家の方々とのコミュニケーションに苦心することは多いですね。高齢化が進むことで今後離農される方も増え、農業従事者が減ってしまう恐れがある。ただ、他方でコロナ禍によるリモート化を受けて、地方へ移住し農業にチャレンジする方が増えているのも事実です。若い方々がどうやって新たな販路を開拓し農業を続けていけるのか、わたしたちフードロスバンクとしても若い方々をサポートしていく必要があると感じています。

——これからのフードロスバンクの活動にもつながっていきそうです。今後はどんな取り組みを進められるんですか?

山田 いま進めているのは、日本の古米を活用するプロジェクトです。日本の農耕面積がどんどん減っていると伊藤忠食糧さまよりご相談をうけ、問題を解決するには国内の農家同士でパイを奪い合うのではなく新しい需要をどうにか作り出す必要があると考えました。そこで思いついたのが、このコロナ禍で飛行機の便数も減っている状況で、日本にこんなに美味しいお米が余ってしまっているのにわざわざフードマイレージをつかってまで海外からお米を輸入している状況をどうにかできないかと、まず多くのイタリアンシェフや弊社パートナーチームと相談しリゾットに合う日本米の配合を数種類見つけ出しました。これなら空輸に頼らず短いフードマイレージで環境負荷も低減出来ますし、日本は新米が出ると古米が売れなくなってしまいますが、古米は実はリゾットにも向いているとシェフにお伝えし同意いただいたので、いくつかの配合をトライしてもらいました。まずはイタリアのアルマーニのシェフにも数種類送り、気に入ったもので今ご提供中の弊社が協力したサステナビリティメニューの一つにこの「れすきゅう米」と名付けたお米をつかったリゾットを提供してもらっています。また同じ原理で海外からの小麦粉よりも国内の米粉をつかったプロジェクトもグッチさんなど、いくつか同時に進めております。

——フードロスバンクの活動はどんどん広がっていくわけですね。

山田 若い第一生産者さんの方々を応援するプロジェクトも進めていきたいです。「レスキューユニバース」と名づけているのですが、農家さんなど生産者さんの置かれた環境を変えるという事は我々自身を救う事につながり、日本の状況を変えることでもありますし、いまや食産業はグローバル化しているので世界に影響を与えることでもあります。食文化の領域で微力ながらに出来ることを続けてまいりたいです。わたし個人としても国際ガストロノミー学会での活動が評価され、皆様のおかげで5月にスペイン国王から「イサベル・ラ・カトリカ勲章のエンコミエンダ章」を叙勲したこともあり、文化の国際交流を深めていけるようますます精進していきたいと思っております。日本の「もったいない」「いただきます」の精神は素晴らしいものですし、食に限らずブルガリさんとのコラボで和紙という日本伝統文化の持続可能性を訴えたように、さまざまな領域のサステナビリティ実現に微力ながら貢献していけたらと思っています。

 

杉山 央|Ou Sugiyama
森ビル株式会社 新領域企画部。学生時代から街を舞台にしたアート活動を展開し、2000年に森ビル株式会社へ入社。2018年「MORI Building DIGITAL ART MUSEUM: EPSON teamLab Borderless」室長を経て、現在は2023年に開業する文化発信施設の企画を担当している。一般社団法人Media Ambition Tokyo理事。2025年大阪・関西万博シグネチャーパビリオン「いのちのあかし」計画統括ディレクター。祖父は日本画家・杉山寧と建築家・谷口吉郎、伯父は三島由紀夫。