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アカデミー賞に「VR部門」が設立される日は、いつ!?

「VR元年」と囁かれた2016年から、時を経ること2年。満を持して、スティーブン・スピルバーグがVRをモチーフにした作品を発表した。そもそもここ数年、映画とVRの関係性はどのような歩みを見せていたのだろうか。映画ジャーナリスト 立田敦子に訊いた。

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO COURTESY OF ZEYNEP ABES@VR SCOUT

スピルバーグが考えるVR空間っていったい?

テキサス州オースティンで、3月10日から開幕した世界最大規模のクリエイティヴ・ビジネス・フェスティバル「SXSW(サウスバイサウスウエスト)2018」。11日(日)は、イーロン・マスク(テスラCEO)が登場したことで話題を呼んだが、同日、同じく長蛇の列を作ったのが、映画『レディ・プレイヤー1』のワールドプレミアに先立って始まった、同作品のVRエクスペリエンスだ。『レディ・プレイヤー1』は、VRゲーム内を舞台にしたアーネスト・クラインのベストセラーSFを、スティーブン・スピルバーグが映画化した話題作である。

SXSW2018に合わせて公開された『レディ・プレイヤー1』のエキシビション会場。かつて『アバター』(監督:ジェームズ・キャメロン / 2009)が3D映画の嚆矢となったように、本作品が「映画 × VR」表現のひとつの試金石となるのだろうか? photo: Getty Images

『レディ・プレイヤー1』(監督:スティーブン・スピルバーグ / 出演:タイ・シェリダンほか / 4月20日より全国公開予定)

「SXSW、映画、VR」ということで思い出されるのが、昨年、『ザ・マミー/呪われた砂漠の王女』(主演:トム・クルーズ)のプロモーションとしてSXSW2017で開催された「The Mummy VR Experience」(記事冒頭の画像)だ。同プロモーションを現地で体験した映画ジャーナリストの立田敦子が、当時の様子を語る。

「そもそも『映画とVR』ということで言うと、2015年の『オデッセイ』(監督:リドリー・スコット / 主演:マット・デイモン)あたりから、本編を作る際に『同時に3Dや4D、そしてプロモーション用にVRエクスペリエンスを作る』ようになってきました。『The Mummy VR Experience』もその流れですが、IMAXと組み、しかもSXSWということで、プロモーションとしてはかなり大がかりなものになりました。

体験者はVR用にデザインされた、外側が黒く、内側が赤い、エーロ・アールニオの『ボールチェア』のようなフルモーションチェアに座り、トム・クルーズとともに飛行機に乗り、無重力状態でのパニックを疑似体験することができました」

こうしたVRへの取り組みは、ハリウッドのスタジオだけではなく、映画祭側も積極的だと言う。

「ヴェネツィア国際映画祭では、2017年から、世界に先駆けて『VR部門』を設立しています。同じく昨年のカンヌ国際映画祭の期間中には、プラダのスポンサーのもと、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥが『Carne y Arena』というVR作品を発表しました」

アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥは、メキシコ出身の映画監督。『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』(2014)でアカデミー作品賞や監督賞等を受賞し、次作『レヴェナント:蘇りし者』(2015)では、レオナルド・ディカプリオに悲願のアカデミー主演男優賞をもたらした、現在、映画界の頂点に君臨する監督のひとりである。

「『Carne y Arena』のお披露目は、カンヌからクルマで20分ほど離れた小型飛行機の格納庫で行われました。VRというと、普通はゴーグル(360°の映像)とヘッドフォン(音)だけですが、イニャリトゥによって作り出された複合的な『体験』は圧倒的でした。『Carne y Arena』の舞台は、メキシコの国境です。イニャリトゥ自身がメキシコ人ですし、トランプ政権下においては政治的でタイムリーな話題ですよね。

会場に着くと、荷物を全部預けて、靴も靴下も脱ぎ、裸足になります。手荷物や靴は指定されたボックスに入れるのですが、その脇には移民たちのバッグや靴も置いてありました。そしてけたたましいサイレンが鳴ったら、ひとりずつ中に入ります。体育館のような空間には砂が敷き詰めてあり、そこでゴーグルを装着することになります。

映像が始まると、そこはメキシコとアメリカの国境で、向こうから声がして、移民たちが歩いてきます。足元は砂ですし、風も顔にあたるので、とにかくリアルなんです。そのうち轟音とともにヘリコプターやジープがやって来ます。アメリカ側の国境警備隊です。犬を連れた彼らは、瞬く間に移民たちを制圧し、拘束していく。その一部始終が目の前で行われ、やがて夜明けとともに元の静かな国境に戻る……。時間にすると8分半ですが、ものすごい緊迫感でした。

入り口とは違う扉から出て進むと、実際の移民たちをインタビューしたビデオインスタレーションがありました。入ってから出るまで、トータルで20分程度のエクスペリエンスです」

高い評価を得た『Carne y Arena』は、映画芸術科学アカデミーが毎年11月に発表するガバナーズ賞において、「スペシャル・オスカー」を受賞する。

「『Carne y Arena』カンヌで2週間ほどプレミアを行い、その後はミラノのプラダ財団やロサンゼルスの群立美術館を巡回し、最終的にはメキシコでも開催されました。ぜひ、日本に呼べないかと思っているのですが……」

ジャンル映画がアカデミー作品賞を受賞した意味

VRのほかにも、いま、映画において注目すべきテクノロジーはあるのだろうか。

「少し前までは、『最先端の技術ならとりあえず何でも導入』といった技術至上主義を感じましたが、最近は『伝えたいストーリー』があり、その上で『ドラマに深みを出す』ために、アーティスティックな監督たちがテクノロジーを使い始めていると思います。

たとえばウェス・アンダーソン監督は、最新作の『犬ヶ島』でストップモーションアニメ(コマ撮りアニメ)という古典的な手法を用いていますが、その古典的手法を技術革新によってブラッシュアップすることで、これまでは表現不可能だったストーリーを作り上げました。実際この『犬ヶ島』は、ウェス・アンダーソンの最高傑作だと思います」

『犬ヶ島』(監督:ウェス・アンダーソン / 声の出演:エドワード・ノートン、ビル・マーレイ、フランシス・マクドーマンド、ハーヴェイ・カイテル、リーヴ・シュレイバー、スカーレット・ヨハンソン、オノ・ヨーコ、夏木マリほか / 2018年5月より全国公開予定)

「それはつまり、技術革新によって、これまではアルチザン的な作品作りをしてきた映像作家たちが、物語を、より『実現したかった世界観』へと広げることができるようになったということだと思います。今年のアカデミー賞で監督賞と作品賞を取ったギレルモ・デル・トロもそのひとりです。もっと言うと、『シェイプ・オブ・ウォーター』がアカデミー賞の主要部門を取ったことによって、映画の歴史は大きく切り拓かれたと思います」

従来、コメディやスリラーやホラーといった作品は、「映画祭の映画」ではなかった。実際、ギレルモ・デル・トロは、25年におよぶアメリカでの活動を通じて、オタク監督として知名度もリスペクトもコアなファンも手にしているが、「アカデミー賞を取る監督か?」といわれると、「それはないかも」と思わせる人物であった。

「でもここ数年、アメリカの興行成績の上位は、ほとんどがアメコミ作品です。元々はインディーズからスタートした監督たちがそうした作品を監督するようになり、さまざまな意味での垣根がなくなってきました。昨年は、黒人やゲイを題材にした『ムーンライト』が作品賞を取り、今年はクリーチャー映画の『シェイプ・オブ・ウォーター』が作品賞を受賞しました。この流れで言うと、先日クリストファー・ノーランがなかばジョークとして言っていたように、来年は、(アメコミ映画である)『ブラックパンサー』が作品賞を受賞するかもしれません」

時に政治的に動きすぎるきらいもあるアカデミー賞だが、ハリウッドにおける「ダイバーシティ(多様性)」を認知/加速させるという意味においては、大きな役割を果たしていることは間違いないだろう。

「あとは、女性監督がもっともっと躍進していくと、社会構造的にも、作品的にも、ダイバーシティが広がっていくと思います」

profile

立田敦子|Atsuko Tatsuta
映画ジャーナリスト。大学在学中に編集&ライターの仕事を始め、映画ジャーナリストへ。現在、『エル・ジャポン』『フィガロ ジャポン』『GQ JAPAN』『すばる』『キネマ旬報』『VOGUE JAPAN』などの雑誌、Web媒体に執筆中。