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野菜“愛”を語り合う——虎ノ門ヒルズ『ARBOL』古田崇シェフ ×『ゆい農園』油井敬史の“畑”談義

虎ノ門ヒルズの『虎ノ門ARBOL』は新鮮な魚介を使ったイタリアンで人気の店だが、実は野菜にも強いこだわりがある。古田崇オーナーシェフ自ら、足を使って探してきた農家から美味しい野菜を直接仕入れている。そんな農家のひとり、神奈川県相模原市で自然栽培の農園を営む油井敬史さんを訪ね、互いの野菜“愛”を畑で語り合いました。

TEXT BY TAKESHI KONISHI
PHOTO BY TAKUYA SUZUKI
EDIT BY TM EVOLUTION.INC

生産者の愛情や思いを料理で伝えたい

12〜13種類の季節ごとの野菜を使う「季節野菜のバーニャカウダ」¥1,200。この日は紫大根やミズナス、丹波ラディッシュ、バターナッツカボチャ、ヒノナカブ、ホオズキなどが盛り付けられた。バーニャカウダのソースにはアンチョビ、ニンニクのほか、トウモロコシが使われている。「ソースには火が付いているので、焦げてくることもあります。その時、焼きトウモロコシの味わいが出ればとアレンジしました」と古田崇さん。

バーニャカウダの野菜を切る古田さん。神楽坂で経営する『神楽坂ARBOL』では屋上に畑を作るほど、野菜好きでもある。

「里芋とゴルゴンゾーラチーズを詰めたレンコンのコンフィ」¥1,400。茨城県の農家から仕入れたレンコンを使っている。茨城県・大洗の漁港からも魚を仕入れており、そこから茨城の農家との繋がりもできた。

『虎ノ門ARBOL』は「Ocean to table」をテーマに、新鮮な魚介を使ったイタリアンを味わえる人気店だ。オーナーシェフの古田崇さん自ら全国各地の漁港を訪ね、漁師と対話をし、魚を直接仕入れている。

ただ、こだわりは同じように“野菜”にもある。『ARBOL』の食材となる野菜もまた、繋がりのある漁師に地元のいい農家を紹介してもらったり、各地の「道の駅」で見つけた美味しい野菜の農家に直接コンタクトをとったり、古田さん自身のネットワークからこだわりの農家を見つけ、仕入れているものだ。

生産者と会い、作り手の思いや愛情を料理で伝えることが古田さんのスタイル。古田さん自身も実際に畑で野菜作りをしたり、米作りに参加してもいる。

そんな古田さんが初秋のある晴れた日、野菜の仕入れ先のひとつ、神奈川県相模原市相模湖地区にある『ゆい農園』の油井敬史さんを訪ねた。

もともと東京・青山のラウンジバーで知り合いとなった古田崇さん(左)と油井敬史さん(右)。知り合った時、油井さんはバーラウンジで働くスタッフで、その後、農家になるとは想像もしていなかったという。

ふたりは20代の頃、古田さんの先輩が経営していた東京・青山のラウンジバーで油井さんがスタッフとして働いていたことで知り合った。古田さんが立ち上げた店に油井さんが遊びに行くなど、交流が続いたが、互いに忙しくなる中で会う機会がなくなってしまった。

その後、油井さんは心機一転、農業を志す。1年半の研修を経て、2013年に相模原市で農家として独立したことを古田さんはSNSなどを通じて知り、連絡をとって冬野菜を中心に作物を送ってもらうようになった。しかし連絡手段はSNSがメインだったため、この日、ふたりが対面で会うのは実に10年以上ぶりだ。

送られてくるたび、驚きがある野菜たち

油井さんの畑でほうれん草を試食する古田さん。自然栽培の畑なので、そのまま食べられる。

「お久しぶりです! 丁寧に作られた、きれいな畑ですね。初めて出会った頃、油井さんが農家になるなんて思ってもみなかったので、改めて驚きました!」(古田さん)

「ありがとうございます。今年は夏の猛暑、その後の台風で作物に被害が出ました。これから大根、ニンジン、カブなどが育っていくところなので、今は収穫できるような作物がなくてすみません。まだ若い状態ですが、ほうれん草を味わってみますか?」(油井さん)

油井さんの畑は自然栽培だ。農薬や化学肥料は使わず、土の力だけで野菜を育てている。牛や鶏などの糞の動物性資材も使わず、肥料となるのは同じ畑に生える草をすき込み、微生物に分解してもらったものだけだ。

その畑で育ったカブはえぐみがなく、「これまで食べてきたカブとは味わいがまったく違う」と特に評価が高い。実際に食べ、その美味しさを知った料理人やこだわりのバイヤーなどから直取引を求められることも多い。

さて、畑でほうれん草の葉をむしり、味わった古田さんの感想はどうだろう?

「(このほうれん草は)まだ若いので、味はこれからですね。でも、油井さんから届く野菜の箱を開けるときはいつもワクワクしますよ。店のスタッフもみんな楽しみにしています。どの野菜も美味しそうなのはもちろん、『こんなに大きいのが入っていた!』とか『このちっちゃいのはどうする?』とか。いい意味で整理整頓されていないので、毎回、驚きがあって楽しいです」(古田さん)

それぞれの野菜の味わいや大きさに応じて、バーニャカウダにしたり、サラダにしたり、根っこと皮はブイヨンに使ったりと、それぞれの使い方を決めていく。

「食べられる葉っぱは軽くフライにしたり、素揚げにしたりもしますよ。油井さんの野菜は本人の人柄そのままにゴツゴツしたのがあったり、繊細なものがあったり、ひと言でいうと『自由』なんです。味わいに余韻があるから、その野菜にまた会いたくなるんですよ」(古田さん)

そんな話を聞き、油井さんは本当に嬉しそうだ。

「箱に詰めるときは、『古田さんに怒られないように』と(笑)、よくできたものを選んで入れていくのですが、そう言ってもらえて嬉しいです。調理の話も聞くと、一生懸命育てた野菜の『価値』を、古田さんたちがさらに上げてくれているのだなと感じました」(油井さん)

農体験をすると、調理への向き合い方が変わる

これから育っていくニンジンの畑で間引き。間引いたニンジンは「お土産に」と古田さんに渡された。

ニンジン畑のそばで育っていたパクチーもお土産に。「いい香り」と古田さん。

油井さんの畑は循環型。農薬、化学肥料はもちろん、牛や鶏の糞などの動物性資材の肥料も使わない。畑の雑草と微生物の力だけで美味しい野菜が育つ。

ふたりは今、それぞれができることで、作物を育てることの意味を後進に伝えることも行っている。

古田さんは、京丹波で田んぼの苗植えや収穫作業に毎年参加し、各地の農家にも定期的に会いに行くが、その際はできる限り店舗のスタッフも連れて行き、農家さんの作業を体験してもらったりしている。

一方、油井さんは相模原市にある「学校法人シュタイナー学園」の非常勤講師として子どもたちに園芸を教えてもいる。

「田植えでもなんでも、やはり一度でも農体験をすると、調理の時に素材を無駄にしなくなりますね。大切に扱い、食べてくれるお客様に農家の思いを伝えようという感覚になります」(古田さん)

「(シュタイナー学園の)子どもたちもこの1年で育てるのが上手くなりましたよ。学園内に畑があるのですが、去年は大根を蹴っちゃっていたような子が、今は大切に育てています。すごいです」(油井さん)

油井さんは宮城県生まれ。アパレルの経営や飲食業などを経験した後、農業を志す。相模原市で1年半の農業研修を経て、2013年に新規就農した。

油井さんとの久しぶりの再会。「でも、いつもSNSでアップされている写真で畑の様子も知っていたので、実は『久しぶり!』という感じでもないんですよね(笑)」と古田さん。

そんなふうに野菜に対する愛情や思いが伝わる対話が油井さんの畑で続いた。

油井さんは「収穫に適した野菜がない」ことをすまなさそうにしながら、間引きのニンジンや、時期を外したナスなどをお土産にと古田さんに渡していた。古田さんはどう調理しようかと、さっそく思案を巡らし、嬉しそう。

油井さんが育てたカブやニンジン、大根などの野菜が『虎ノ門ARBOL』で本格的に食べられるのは、これからの冬の季節。丹精を込めて作られた野菜と、その美味しさを引き出し、価値を上げていくシェフの技を是非味わい、感じとってほしい。

ふたりは「お互い、健康に気をつけてこれからも美味しいものを作っていきましょう!」と笑い合っていた。

虎ノ門ARBOL|トラノモン アルボール

住所=東京都港区虎ノ門1-23-3 虎ノ門ヒルズ 森タワー 2F 電話=03-6257-1145 営業時間=11:00〜15:00(L.O.14:30)/17:00〜22:00(L.O.21:30)、土曜・日曜・祝日17:00〜22:00(L.O.21:00) 定休日=無休 ※各種クレジットカード、IC決済、QRコード決済利用可

※2022年11月現在の情報となります。
※表示価格は全て税込価格です。
※店舗により臨時休業や営業時間を変更させていただく場合がございます。詳細は「虎ノ門ヒルズの営業状況について」をご確認ください。