THINK DIFFERENT

石川善樹が伝授する「シンク・ディファレント」の技法

2019年1月15日。アカデミーヒルズにて「Think Differentを考える!」と題したトークイベントが開催された。会の言い出しっぺは、予防医学博士の石川善樹。HILLS LIFE DAILYの読者と、アカデミーヒルズライブラリー会員を前に、石川は何を語ったのか。そもそも石川は、なぜ「Think Different」を「考える」のか。

TEXT BY TOMONARI COTANI
PHOTO BY KAORI NISHIDA

「考えられない自分」にコンプレックスを抱いてきた

今日は、この会場に僕の両親が来ています。両親は、Think Differentがすごくうまいんです。父親は天才というか、とにかく何かを思いつくのが非常にうまい。母親は広島のド田舎の生まれで、いま65歳ですが、当時としてはとても珍しくアメリカの大学へ行っています。見た目は日本人ですが中身はアメリカ人で、かなり変わっているんです。

そんな両親の元に生まれたのだから、さぞ変わったことが考えられるような環境に育ったのだろうと思われるかもしれませんが、全然そんなことがなくてですね……(笑)。両親が変わっているものだから、両親の話をそのまま誰かに話せば、おもしろく聞こえてしまうので、逆に、考えない子に育っちゃったんです。

そのことは本人も自覚しているんです。みんなが「おもしろい」って言ってくれる話は、所詮、両親の話をもってきているだけだからなって。だから、「何で自分はこんなに考えられないんだろう」っていうコンプレックスがあるわけです。35歳くらいまでは、ずっとそうしたコンプレックスを抱えて生きてきました。要は、自分でちゃんと考えている感じがしなかったんです。

両親がThink Differentな人たちだったがゆえ、自分は「考える」ということに対してずっとコンプレックスを抱いてきたという石川。

そのコンプレックスから、いいかげん脱却しようと思ったんです。よちよち歩きでもいいから、自分で考えてみようって。それが3年くらい前のことでした。

自分で考えてみるといっても、人と違うことを考えないと意味がありません。考えに考えた末に、「あっ、わかりました。人には優しくすることが大事です!」といっても、新しさがないですからね。会場にいらっしゃるみなさんも、おそらく日々のお仕事では「違うことを考えないと意味がない」生活をされているのではないかと思います。

というわけで、本来「考えるとは何か」とは、非常に大きな問いなわけですが、本日は「Think Different」ということに絞ってお話をしたいと思います。

Think Differentの意図を勘違い?

Think Differentは、アップルのキャンペーンで有名になった言葉ですよね。当時はパソコンといえばIBMで、そのIBMが「Think」と言っていたものだから、そうした状況をぶっ壊すぞという意味も込めてThink Differentというキャッチコピーになったといわれています。

このキャンペーンを最初に見たのは大学生の時でした。「Think Different、すばらしいな」と。「自分の両親のようにThink Differentする人間になるぞ」と。で、早速「Differentって何なんだ」と思ったわけです。「違う」って、日本語でも「間違う」とか、いろいろな意味がありますから。そこで英英辞典で調べてみると、Differentというのはto set apart(離れたところに置く)ということだとわかりました。

「そうか。Think Differentというのは、みんなが『ここにいるぞ』となったら、自分は『あっちだ』ということか。簡単じゃないかThink Differentって。みんなと違うところを見ればいいわけか……」。それが、23歳ころの僕の考えでした。

その後、26歳の時にアメリカへ留学したのですが、「ベースとしてみんなが違う」ということを知るんです。日本にいる時は比較的「みんな同じだ」という前提があったのですが、留学して、みんな前提が違うことを知り、「みんなが違うなかで、さらにThink Differentって何だろう」というのが、アップルのキャンペーンの本当の意味だったのかと気がついたんです。

一体、どうしたらいいのかと。

僕は研究者なので、まずはデータを見てみようと思いました。「データで見るThink Different」というわけです。例えばニュートンとアインシュタイン。どちらも物理学者ですが、どっちがよりThink Differentしたかという問いが、研究の世界ではあります。これは物理学者に聞いても意見が分かれると思います。ニュートンとアインシュタイン、どっちの方がすごかったかを、ただ議論しても仕方がないですよね。

僕ら研究者というは、定量化するのが仕事なんです。「Think Differentした程度」を定量化する手法も、ちゃんとあります。ヒストリカル・ポピュラリティ・インデックス(HPI)といって、こういう式で表すことができます。

ヒストリカル・ポピュラリティ・インデックス(HPI)の数式。

「ウィキペディアで何ヵ国語に訳されたか」と、「どれくらいの人がそのページを訪れたか」という指標で、その人の凄さを総合的に判定しています。

このHPIで算出すると、アインシュタインは160の言語の訳され、この10年間でだいたい9000万回くらいのページビューがあり、HPIは30.21となります。これが、アインシュタインのThink Differentした具合だと思ってください。

一方、ニュートンを見ると、30.29ですね。若干勝っています。191の言語に訳されています。

ちなみに世界ランキングで言うと、ニュートンとアインシュタインはひとつ違いで、22位と23位です。

こうやっていわれると、「トップ3は誰だ?」って気になりますよね。人類の歴史のなかでは、めちゃくちゃいろいろな人がいたわけですが、そのなかでもとりわけThink Differentしたトップ3というわけです。

3位は……キリストです。1位でもいい気がしますが、惜しくも3位です。ちみにブッダは26位です。みんさんは知っていますか? キリストって30歳から布教活動を始め、33歳で死んでいるんですよ。たった3年でこのインパクトです。すごいですよね!

続いて2位は……プラトンです。いわれてみれば、「なるほど」思うかもしれませんね。そして、2019年現在の1位は……アリストテレスです。みなさん、敵はアリストテレスと決まりましたよ! 「いかに彼を乗り越えるか」ということが、Think Differentにおいては課題になってくるわけですよ(笑)。

宮崎駿は、宮本武蔵と紫式部の間という評価!?

さて、「おいおいおい、外国人ばかりじゃないか」とお思いですよね!? はい、日本人も見てみましょう。日本人のランキングは、トップ10を用意しました。日本で生まれたけれど、世界的にインパクトを与えたThink Differentな人たちです。

HPIによって算出された、日本人の「Think Differentランキング」。

こうして見てみると、現在生きている人は宮崎駿だけですね。「宮崎駿とは何か」と聞かれたら、これからは「武蔵と式部の間に位置する人」と答えてください(笑)。五輪書と源氏物語の間に入っているわけですから、すごいですね。

ちなみにこれらのデータは、MIT(マサチューセッツ工科大学)の研究者が作った「PANTHON Mapping Historical Cultural Production」というサイトを参照しています。

どこかの国へ行ったときに、このサイトでその国のトップ10くらいを見ると、誰と話をしても、「お前、うちの国のことよく知ってるな」といわれると思います。日本人のトップ10を見て、日本人なら少なくとも名前は知っていますよね。若い世代で、神武天皇を知らない人はいるかもしれませんが……。

ちなみに1位の松尾芭蕉は、101の言語に訳されています。これで僕のターゲットは決まりました。いかに芭蕉を超えるか、です(笑)。

濱口秀司という男の衝撃

Think Differentということで次にお話させていただきたいのが、濱口秀司さんについてです。僕が3年前に、本当に自分で考えようって思わせてくれた男です。HILLS LIFE DAILYでも対談をさせていただきました。

濱口さんとは、4年前ほど前に福岡ではじめて会いました。福岡市が、市民を対象にした事業立案コンテストみたいなものを開催したんです。市民からアイデアを募り、半年くらいリサーチして、最後、考えた事業プランをプレゼンするという会でした。その審査員で行ったんです。審査員は僕と、当時WIRED日本版の編集長だった若林恵さん、そして濱口さんです。

市民のアイデアを10分くらいずつ聞いていくのですが、こういう時の審査員って結構難しいんです。「やりたいなら、どうぞやってください」としか言えないんです(笑)。こちらがいくら言っても、本人がやるっていっているわけなので、ものすごく難しいんです。

でも、何かを言わなければいけない。まずは若林さんが厳しいことを言い、次に、僕がバランスを取って「すばらしい」と言うわけです(笑)。で、濱口さんです。濱口さんはそもそも、プレゼンを聞いているときにモレスキンのノートに何か落書きをしているんです。「この人、全く話を聞いてないな」と思っていたんです。

なのに、自分の順番が来るとスッと立ち上がり、用意されていたホワイトボードにグラフを書き始めたんです。横軸を書いて、縦軸を書いて、ポーンと点を打っただけというシンプルなグラフでした。で、「横軸はこういう意味です。縦軸はこういう意味です。あなたがやりたいのは、この点のところですね?」って言ったんです。

そうしたら、プレゼンした市民の人が泣き出したんです。「そこまでわかってくれましたか」と。僕、グラフを書いて人を泣かせた人をはじめて見ました。いったい何が起きているんだと。

でも、それは序章に過ぎなかったんです。「だとするとですよ、あなたのやりたいことは、こういう限界がある」と。「だったら、こう考えてみたらどうでしょうか?」と言って、いまのアイデアをめちゃくちゃブラッシュアップしたものを、その場でポンと言ったんです。それを聞いた市民の人は、2度目の涙を流し始めたんです。「一生をかけてやります!」みたいになっているわけです。

それを順番に全員分やっていくんです。条件は一緒です。市民の人たちがやりたいことを、僕らは事前に知らないわけです。なのに与えられた情報だけで、この人は人を2度も泣かせているぞと。一体この男は何者だと思ったわけです。

実は濱口さんはアメリカ在住で、世界で一番高いコンサル料を取っている「イノベーションの鬼」と呼ばれる人でした。なるほど、グラフを書いて相手に涙を流させられるわけです(笑)。

濱口さんの凄さは、よーいドンで一緒に考えはじめるとよくわかると思います。ウサイン・ボルトと一緒に走っているようなものだと思ってください。Think Different界のウサイン・ボルトですよ、濱口秀司は。

ちなみにイノベーション界には「西の濱口、東の大嶋」というものがあって、その大嶋光昭さんとの対談記事もHILLS LIFE DAILYにありますので、ぜひそちらもお読みください。

この大嶋さんというのは、長距離ランナーです。濱口さんほど早くないけれど、ゆっくりゆっくり走っていって、とんでもないところまで到達するという、パナソニックの天才的な技術者です。

「深く」考える×「広く」考える

さて、「前提としてみんなが違うなかで、どうやってThink Differentするのか」という話を、先程しました。

それについて濱口さんは、必ず2つの軸を用意します。いろいろ違うように見えるけれど、Aという軸でみたらみんな一緒じゃないかと。あるいは、Bという軸で見ると、みんな一緒じゃないかと。そうすることで、4つに分けるんです。

そうすると、「Aという軸でちょっと違うことをやる」、あるいは「Bという軸で違うことをやる」と、「1段階でDifferent」であることがわかります。右上、つまり「2段階でDifferent」を思いつくのは結構難しいのですが、濱口さんは、これをその場で瞬間的にやる人なんです。その場で解けない問題だけ、コンサルを受けるという人なんです。「その場で解けたら面白くないので、答えをあげるからあとはやって」ということらしいです。

濱口秀司のロジックをシンプルに落とし込んだ図版。

福岡で衝撃を受けて以来、濱口さんがやっていることを注視し続け、一緒にプロジェクトに混ぜていただいたりもしましていますが、ものすごく単純化するとこういうことなんじゃないかと。この軸を見つけるのがメチャクチャうまい。そうすると、会議でみんながいろいろなことを喋っても、「4つの象限のなかではひとつのことでしかなかったね」ということが、みんなハッとわかるんです。

それに気がついてからは、Aという軸とBという軸を見つける訓練を、およそ3年間してみました。研究でも、企業や国とのいろいろなプロジェクトでも、とにかくみんなが話していることを「AとBという軸で整理する」という作業を、とにかくやり続けました。

自分でやってみてわかりましたが、これは、完全にトレーニングが可能です。「AとBという軸で整理する」というのは、言葉を変えると「俯瞰して見る」ということでもあります。イノベーションの鬼・濱口は、大局観の鬼でもあったわけです。

で、先程も言いましたが、研究者というは現象を一般化したいんです。現象を一般化するというのが僕らの仕事なんです。なので軸Aと軸Bを、一般化してみました。それで浮かび上がってきたのが、「深く考える」という軸と「広く考える」という軸です。

イメージでやるとわかりやすいと思います。

まず、「深く考える」というのは、一見「掘っていく」イメージがありますが、みなさんが取り組もうとしている「何か」というのは、既にだいぶ深いんですよ。まったく未知の問題に取り組むことって、ほとんどないと思うんです。多くの場合、既に深く掘られているわけです。

では、「深く考える」とはどういうことかというと、「高さを知る」ことだと思うんです。

自分が何かを考えている時、「その源流」を知ること。源流があり、そこからの流れでいま自分が取り組んでいることがあるんだな、ということを自覚する。すると、「あれ、本当はここで分岐していたのに、左側ばっかり来ているじゃん」ということに気づくわけです。

そうすると、「緑の」部分がThink Differentになるわけです。これが、深さの軸Aです。

左は「深く考える」のイメージ。現時点が青い丸だとして、その源流を遡ることで、分岐した緑の丸を発見することができる。一方で右は、「広く考える」のイメージ。青い丸と緑の丸の間にはロジカルなつながりはないが、「なんか似ている」という感覚を重ねることで、共通の「何か」を広く捉えることができる。

もうひとつ、「広く考える」というフェーズがあります。一般論や起点や現状として「青」があった時、「深く考える」時は全部ロジカルにつながっていますが、「広く考える」時は、類似思考というか、「なんかこれとこれは似ているな」という感じで思考していくんです。

論理的にはつながらないけれど、なんか似ているという感覚を重ねていくと、「青」と「緑」は、全然違うものになるのですが、振り返ると、共通している「広さの軸B」というものが出てくる。

このように「深さの軸」と「広さの軸」を立ててみると、(下図の)黄色の部分でイノベーションが起きやすい……。数年間にわたって濱口さんの思考を観察し、それを一般化するとこういうことかなと、いまはなんとなく思っています。もちろん、まだ濱口さんの深遠さを前にして、入り口にも立っていないと思いますが(笑)。

濱口秀司の思考を一般化した図。短時間で黄色の部分に到達するスキルを身に着けていることで、濱口は「イノベーションの鬼」であり続けていると石川は分析する。

事業の視点、企業の視点、産業の視点

そのことに気がつくと、次の問いが生まれてきました。「なぜ、広く深く考えられるか」ということです。

広く考えよう、深く考えようというのは、「言われたらそうだな」ってみなさん納得すると思うのですが、実際、それができる人にはどういう特徴があるのか。よくよく考えると、「視点が高い」からだということに行き着きました。

ビジネスの文脈で考えると、ほとんどの人が、「自分が目の前で取り組んでいる事業の視点」からものごとを考えるんです。その視点をグッと上げると、「企業という視点」になります。その視点になった途端、いろいろなことが情報として入ってくるようになります。さらに視点を上げると、「産業という視点」があります。

事業→企業→産業と視点を高くすることで、見えてくる風景、入ってくる情報は変わってくる。この3つを行き来することが重要だと、石川は考えている。

例えば、「自分の産業のなかで置きていることが、今後どうなるのか」と考える時に、別の産業を見るという発想が出てきますよね。「事業も企業も全然違うけれど、産業という特徴から捉えるとなんか似ているな」ということが、あると思うんです。

事業と企業と産業というものを、等分に視野に入れながらものごとを考え、行ったり来たりできるということが、考えるということの広さと深さを増すのだと思います。

ここで、視点の高さを柔軟に持っている具体例を、ひとつ挙げたいと思います。イーロン・マスクです。テスラやスペースXを立ち上げた、世界で最もイノベーティブだといわれている人だといわれています。彼は、ビジネスを考える時にはこう考えるそうです。

「人類がよい未来を迎えられる確率を上げたい」というのが、イーロン・マスクの欲望です。そのためには何を達成したらいいのか、というゴールがありますよね。彼はまず、ゴールから考えているんです。ゴールが見えれば、スタートが決まります。あとは、その間を埋めればいいだけ。

ここまでは多くの人が考えると思うのですが、その先がすごいんです。

彼は、いきなりゴールには向かいません。横道に逸れるんです。で、何をするかというと、まずは持続可能な事業を作るんです。事業、企業、産業でいうと、まず事業を作るんです。これはゴールに向かわなくていいんです。なぜかというと、事業によって生まれたキャッシュを使って、企業としてイノベーションを起こしたいからです。つまり事業というのは、企業を興すために存在するのであって、逆ではないということです。

イーロン・マスクの特徴は「2段階のイノベーション」。持続可能な事業を立ち上げ、そのキャッシュフローでイノベーションを起こし、産業構造を変えることによって、さらには産業自体のイノベーションを起こし、自らが設定したゴールにたどり着く。

いま、盛んにイノベーションということが言われていますが、ほとんどの場合、イノベーションの目的は、新たなる事業の創出になっています。でも、イーロン・マスクの場合は違うんです。

事業はあくまでもイノベーションのため。イノベーションは何のためかというと、業界構造を変えるレバーを引くためにあるんです。業界構造を変えるレバーを引くと、産業のイノベーションが起こり、それによってゴールに到達する……というように、2段階のイノベーションでものごとを考えているんです。

別の言葉で言うと、ビッグピクチャーと、産業構造を変えるレバーと、サステイナブルな事業。この3つを同時に考えているのがイーロン・マスクという人なんです。もっと言うと、産業構造を変えるレバーを引いたら、自分の会社は潰れてもいいやくらいに思っているかもしれません。

例えばスペースX。イーロン・マスクはほかの惑星に行くことを目指しています。なぜかというと、このまま地球にいたのでは、人類はやばいかもしれない。だから、ほかの惑星にも住むという選択肢を用意することで、生存の確率をあげようと考えたからです。ゴールは、ほかの惑星。スタートは、地球ですよね。あとは、ほかの惑星と地球の間を埋めればいいわけです。具体的には火星です。スペースXというのはそういう会社です。

まず、持続可能な会社として、宇宙ステーションとかにものを運ぶという事業をしています。ここで生まれたキャッシュを、再利用可能なロケットの開発に使っています。なぜかというと、産業構造が劇的に変わるためには、宇宙航空のコストを劇的に下げる必要があると考えているからです。そのためには、再利用可能なロケットが必須であると、イーロン・マスクは考えました。

で、宇宙航空のコストが劇的に下がると、ほかの会社もロケット製造をしたり、火星コロニーに投資してくれたりするだろうと。そうすると、火星に到達する確率は上がるんじゃないのか……。

それが、イーロン・マスクという男のThink Differentな発想なんです。

イーロン・マスクがスペースXにてやろうとしていること。それは、「ほかの惑星に移住する」というビッグピクチャーの実現に向けて、「宇宙にモノを運ぶ」というサステイナブルな事業を起こし、そのキャッシュフローを使って「再利用可能なロケット」を開発、それによって産業構造を変え、他企業の参入を投資といった産業のイノベーションを促すものだと、石川は分析する。

ポイントは、3つあります。ひとつは、火星という壮大なるビジョン。2つめは、宇宙にものを運ぶという、サステイナブルで財務諸表として現れるもの。3つめが超ポイントなのですが、宇宙航空のコストを下げたかどうか。それが、スペースXのポイントになるわけです。コストが下がれば産業が盛り上がるから、当然、スペースXという会社も盛り上がります。

これが、事業と企業と産業を同時に考えている人のひとつの発想です。アメリカ版濱口だと、僕は思っています(笑)。

広く、深く、高く

衝撃を受けた濱口という男。グラフを書いて人を泣かせる男・濱口。彼の頭のなかをよ〜く見ていくと、広く、深く、高くということがわかってきました。ここまで分かれば、われわれ研究者はシメたものなんです。広く、深く、高くを数式にしてみようと思いました。

石川が、研究者仲間である風間正弘(データサイエンティスト)の協力を仰いで導き出した「広く、深く、高く」の数式。

これです。わかりますね(笑)? 詳しく話したいのですが、みなさん興味がないと思うので、これをどう使うかだけお話します。

これを使うと、自由自在に、コンピューターにイノベイティブなことをさせられます。僕らがわかりやすい例として挑んだのが、料理です。

具体的には、いかに人間のシェフに近づけるかというAIではなく、人間を超えてもらうAIを作りました。この数式を使って解いたのが、「いまから100年後のミシュラン料理というのは、どんな料理になるだろうか?」ということなんです。

これも、HILLS LIFE DAILYで記事になっています。

ここまでやって、いったんは満足したのですが……。ちょっと待てよと思ったんです。お気づきの方もいたと思いますが、自分で考えると言っておきながら、自分で考えてないじゃないかと(笑)。データを見たり、濱口さんを参考にしたりしているだけじゃないかと。

で、自分でも考えたんです。「Think Differentってなんだろうか。Think Differentという問いを、どこから考え始めたらいいか」ということに対して、自分なりに納得した答えがひとつ見つかりました。

Differentにこだわり過ぎているから、Thinkの方を考えてみようと。Thinkを英英辞典でみてみると、「cause to appear to oneself」だそうですが、意味がわからないですね。これを僕なりに訳すと、「自分のなかで立ち上がってしまうもの。気がつくと、なんだか現れるもの」。それが、Thinkの本質だと思うんです。

なぜ、何度も何度も自分のなかで立ち上がってしまうのか。考えないようにしていても考えてしまう状態に、なぜなるのか。おそらくそれは、よい問題だと思うんです。よい問題というのは、自分のなかでもずっと考えたくなってしまうんです。

ちなみに、僕は1999年に大学受験をしているのですが、その時の入試問題をいまでもよく覚えているんです。すごくよい問題で、未だに考えるんです。「国語」の第2問で、「青春とは何か、200字で答えよ」という問いでした。これ、未だに正解がわからないですよ(笑)。

で、よい問題とは何かと言うと、たまたま読んだ本のなかに書いてあった言葉が、ものすごくピーンと来たんです。これも自分で考えたわけではないのですが、ピーンと来たということは、多分自分の感性と近いのだろうなと。それは上野千鶴子さんの本で、ある時上野さんは、学生に「先生、よい問題ってなんですか?」と聞かれ、考えたこともなかったそうですが、とっさに「自分をとらえて離さないものよ」と答えたそうです。

つまり、「Think Differentをどこから考え始めるか」という時に、抽象的なところから考え始めるよりも、「自分の問題とは何か」というところからしか始まりようがない、というわけです。そしてたまたま僕の場合は、それが「Think Differentとは何か」が自分の問題だったんです。

すごい両親がいて、Think Differentできない自分にずっとコンプレックスを抱えてきました。でも、「自分の問題とは何か」というところから始めればいいんだと。

その考えに行き着いてはじめて、一歩ずつ歩んで行けている感覚が持てるようになったんです。大事なのは、みなさんにとって自分の問題とは何か、ということなんです。

HPIによって算出された、日本人の「Think Differentランキング」。

もう一度、さきほどの日本人のランキングを見ると、宮崎駿だけは、彼にとって「何が問題なのか」ということが記録として残っているんです。ほかの人たちは、類推するしかないですね。宮本武蔵だったら「天下無双とは何か」ということかもしれませんが、正確にはわからないです。

でも、宮崎駿の場合はいろいろなドキュメンタリーがありますから、「どういう問題を抱えたから、その映画を作ったのか」ということを確認することができます。そして、そこに深く向き合っているからこそ、日本人ランキングの8位にまでなっているわけです。

例えば『崖の上のポニョ』で、宮崎駿が向き合ったのは、「海が盛り上がる様子を、災害にせずに描くにはどうしたらいいだろうか」という問題でした。『ポニョはこうして生まれた。』という12時間半のドキュメンタリーがありますが、それを見る限り、ずっとそのことを考えているんです。ストーリーは仕方がないからオマケでつけただけであって、とにかく、海が盛り上がる様子を災害にせず描きたかったんです。

その海が盛り上がる様子を、非常に記憶に残るかたちでThink Differentしたのが、実は葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」です。すごいですよ、Googleの画像検索で「wave」って入れると、北斎のこの作品がかなり上に出てきますから。見た瞬間に北斎ってわかるのは、むちゃくちゃすごいことだと思います。


宮崎駿はおそらく、この北斎の絵を超えたかったのだと思います。本人はそうは言っていませんが、「北斎を超える表現をアニメでやりたい」というのが、『崖の上のポニョ』を作るきっかけとなった自分の問題だったんです。

アニメーションなので、宮崎駿は、子どもたちの目で見た波を描きたかったんですね。その結果、「生き物のような波の表現とは?」という境地に行き着き、最終的に、魚がぶゎーっと来る動きで波を表現しました。その表現を彼は納得し、歴史に残るかどうかは、ポニョをみた子どもたちが判断していけばいい……という境地に至りました。そういう作業をやり続けて、宮崎駿は8位になったわけです。

重要なのは、「Think Differentとは何か」というのは、テクニック的な話もあるのですが、それよりも、みなさんにとって自分を捉えて離さないものがなんなのか、という点です。そこを見つけられたら、あとは、自然と歩んでいけると思うんです。

当然それは、ほかの人と全く違うはずなんです。ほかの人と同じところからはじめても、所詮人間ですから、そんなに頭の良し悪しは変わらないわけです。だから、スタート地点を変えるしかないんです。スタート地点を変えて、コツコツ歩んでいけば、ものすごく遠くまでたどり着く。

ということで、「Think Differentとは何か」という問いの解は、「自分を捉えて離さないものは何なのか、ということを、よくよく考えることである」ということだと思います。

じゃあ、「自分を捉えて離さない問題」とは何かというと、結局、「自分とは何か」ということなのだと思います。考えてみると、私たちは突然、世界にポーンと点を打たれるわけです。「はい、あんた誕生」といった具合に。

最初は、「おお、私がいるぜ!」と思っているわけですが、ある時、違う人が現れるわけです。違う人が表れて、「あ、違うな」と。そこで人が何をするかというと、「違う人から見て、自分はどうなのか」という客観視をするわけです。客観することによって、「世界のなかで、自分はこの辺にいるんだな」みたいなことがわかってくるわけです。

客観視すると、「おお、周りにもいっぱいいるな」ということになるわけです。「最初は自分しかいないと思って誕生したけれど、歴史を振り返るといっぱいいるぞ」と。そうなると、「自分ってなんでしたっけ?」と埋もれてしまいます。そういう時には、客観ではなく俯瞰して見るんです。

俯瞰してみると、まだまだいっぱいあるなと。自分の問題からスタートして、行けるエリアというのはいっぱいあるなと。広く考えてもいいし、深く考えてもいい。行ったら行ったで、また点で埋まるんです。全部点で埋まったら、また俯瞰したらいいんです。

で、それをずっと繰り返していくと、人間が考える際の本質的な限界にぶち当たります。なぜそうなるのか、プロセスを話すと長くなるので結論だけ言うと、ぶつかるんです。広く深く考えた人間というのは、必ず限界にぶつかります。「もう考えようがないぞ」と。限界にぶつかった時に、限界をどうやって乗り越えるのか……。そして乗り越えた先に見える景色とは……。

広く深く考えた人間は、必ず限界にぶつかると石川は言う。では、その限界を超えるためには何が必要なのか……? 今後アカデミーヒルズで開催予定の「石川善樹の考える!」シリーズをご期待あれ。

これまたメチャクチャおもしろい話なのですが、その話は、「次の次の回」でやりたいと思います。「次の回」がいつになるかわかりませんが(笑)、次回は、クリエイティビティの研究をしている西田貴紀くん(Sansan株式会社 DSOC 研究員)と、永山晋さん(法政大学准教授)にご登壇いただき、「クリエイティブな人ってどういう特徴があるんだろう」、「クリエイティブなチームというのはどういう特徴があるんだろう」といった、彼らの研究の知見を、披露していただこうと思っています!

というわけで、本日はここまで! ありがとうございました。

profile

石川善樹|Yoshiki Ishikawa
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きるとは何か」をテーマとして、企業や大学と学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。近著に『仕事はうかつに始めるな』(プレジデント)、『ノーリバウンド・ダイエット』(法研社)など。